2011年1月24日月曜日

ディベートのあり方~効果のある活動のために~

靜哲人先生のブログを読んでたらディベートについて記述がありました。ディベート大会に出てて、「(大人としての自分が)こんな事言ってたら参加してる子供たちはどう言うか分からないけど・・・」と思いつつ自分が考えていたことを結構ずばり言ってもらってる気がします。

(以下引用)ディベートはその目的とルールと、判定基準からして、必然的に、聞き取りにくい日本人英語による屁理屈の早口まくしたて大会になる。(引用終了)


うーん。
今年、何度か目にするチャンスのあった(できなかったが)中川さんのアーギュメントは聞き取りやすかったんですが、それにしても「早口まくし立て大会」は言いえている部分がありますな。立論に時間制限だけでなくて文字制限か語数制限を入れても良いんじゃないですかね。ニュースなら1分間に200語が目安というならば、それ以下というめどがつくわけで、その限られた範囲内でどれだけのことが伝えられるか、提示資料などをつかっていかに口頭での説明を省けるかなど、考えられるかと思うので、そのあたりも再考の価値はあるかと。(そうなると、原稿の提出なども必要になるか。)

まぁ、「ディベートをやりたい」というのは相当現場でも限られている生徒でしかもそれなりに「自信がある生徒」であるわけで、そういう生徒が課外活動でプラスアルファでやるにはもうどれだけ活動してもいいと思う。授業の中でどれだけ取り入れられるかというと、10分間ディベートとか3分間ディベートなどをやらせて授業が成立するなら帯活動として継続的に行えばspeaking力(chattingではなく)が伸びるとは思う。(かなりスモールステップを積まないといけないが)

あとよくよく考えると、普通の生徒でなくて、スーパーな生徒のみが参加するディベート大会なら早口まくし立て大会でもいいのかもしれない。ただ、普通の英語教員である自分はちょっとついていけないんでしょうが・・・。しかしそれとディベートという活動とは本質的に違う気がします。「討論をする」という活動をやらなくていい、というのと「早口まくし立て大会」を推進すべきだというのは同じ意味ではないと、自分の中ではそういう結論に至りました。


http://cherryshusband.blogspot.com/2010/06/blog-post_26.html