2014年10月1日水曜日

英語ディベート資料 大会直前②「自分のエビデンスを良く知ろう」

僕も自分のチームを指導しているので、「あちゃー」と思う事がよくあります。

  1. 立論作るの遅すぎ。(もう、成人してしまった某商業高校の生徒には「前日」に立論渡した事もありました。ひどい教員です。
  2. 取り上げるエビデンスについて理解を深める機会を与えなかった。
  3. 2からより深いアタックをする力を付けてこなかった。
等など。自分への反省も込めて、考えておきたいなーと思う事があります。大会前におさらいしておくと委員じゃないかなぁと思う事を書いておきたいと思います。

1について。コンストの生徒さんがやるべき事は「限られた範囲の中身を熟知する」ということです。おそらくですけど肯定側の立論はあれもこれも出す事はないと思いますので、だったら、「自分が読む立論の細かなところまで、英語で語れるように練習出来ると最高!」といことです。

立論後のQ&Aで"Please explain your AD(x) in easier words."とかよく言われるのであれば、ジャッジも伝わってるかをうたがってもいいとおもいます。コレをあらかじめ避けるためには、

「コンスト一人(補助で先生やALTの先生についてもらうのはあり)vsチームメイト(複数or全員)」で延々とQ&Aを英語でやる事です。語の定義から、現状分析、リンク、リンク間のワラント(なぜにAのあとBが起きると言えるのか)、インパクトのターゲッティングや定量化を原稿を読むのではなく、自分の言葉で(in your own words)で言えるようになるまで行けば、おのずと原稿を読む時の表現力も変わってきます。jジャッジへの伝わり方も変わります。Q&Aの質も高まるでしょう。

2について
某文壇サイトからの引用も増えてきました。僕はある程度許容すべきなのかな、と思ってます。ただ、安易な引用によって「実は足下をすくわれる」可能性も高まってるのかな、とも思っています。

1)誰が書いているのか。その人の専門分野は?実績は?
2)文脈は一致している?自分が論証したい内容をサポートするために、最適な居んようになっているのか。この時期になって見直しする(最悪、差し替えるためのエビデンスを探すのは苦痛!)のはいやだ、と思われるかもしれません。それはThat's your choice.ですが、思わぬ発見もあるはずです。自軍の穴は相手の穴でもあるのです。自分は気付いて使ってて、相手は気付いて使っていれば、相手側がそのエビデンスを使ってくれれば「しめしめ」なわけです。リターンは意外と大きいと思いますよ。

3)本当に証拠が無いと崩せないのか?と疑ってみる
・部分と全体
・原因と結果
・時間軸

多分多くのディベーターがたどり着いていると思いますが、○○発電による死者の話はまさしく、データの応酬になると思うのです。ただ「だれだれが、〜と書いている」「○○○なんて世界機関がそうやって言っているから間違いない」という議論ですが、後で思い返すと、または、じっくり聞いてると「おや?」と思う事があると思うのです。実はそういう積み重ねは練習試合を重ねていないと気付かないかもしれないので、練習試合は大事だな、と思います。ただ、練習試合でよく使われるエビデンスが本当に言いたい事をサポートしてるのか?というのはこの時期に疑ってみる価値はあると思います。

例1)
「○○発電によって、Aが発生する。→Aによる死者全世界でX人。」
という議論ですけど、
○○発電といっても、いろんな要素があると思うんです。熱源とか。
それにAが発生するとして、それに対して対策してなければ、すでに社会問題になってないとおかしい気がするんですが、日本で現認されてる公害って何がありますかねぇ・・・環八雲?

http://www8.plala.or.jp/kawakiyo/kiyo9_02_06.htm
最後の記述に、飲みかけてた珈琲を吹いてしまいましたが、そうですよねぇ。これって非常にベーシックな観点ですけど、そうですよねぇ・・・。大きいですよねぇ・・・。まさしく、これを防ぐために高度成長期以降、日本の科学技術は発展してきた、といえるのですが。この辺り、アーニー=ガンダーセンさんの記述と絡めるとおもしろいなぁと、勝手ににんまりしてました。(アウトプットしてるとインプットが入ってくる、ということですね。)

で、Aが発生するとして、そのデータがどの国のデータなのか。日本のデータならダイレクトにサポートしてるんですが、国が違えばいろんな制度も違ってくるので注意です。となると死者数も怪しくなってくるわけです。

もうちょっと面白い記述が見つかりそうな本を昨日仕入れたので、また何かあったら追記する…、かもです。さすがに大会の準備が忙しくなりそうな時期ですので。

2、3どっちにも絡むと思いますが「なにもエビデンスがなくても、反論出来る論理力を身につけよう」ということです。質疑は基本「内容の確認」でとどまらずに「で、それってどうなん?」が大事なんです。まさしく、関西人の得意分野です(偏見??

(ここから脱線
私自身、京都に5年居たので実感してるんですが、本当に「ただではころばない」というか、常にクリティカルシンキングだなぁ、と思うんです。岐阜っ子だった私は「〜ねばならない」の定言命法の世界から「徒手空拳」の関西エリアへ移った時はカルチャーショックでした。これは大きいです。
http://bit.ly/1nHUj96
クリティカルシンキングの本にはよく出てるんですけど「あり得る選択肢を出し尽くす」作業って「〜ねばならない」の人たちには苦手です。だって「〜であるべきだ」の一つを習得すれば良いのですから。
(脱線終了

さっきの例1の話も、僕の中で聞いてて「もやっ」としたのです。ただ、その時ははっきりと「それって〜じゃないの?」とは思えなかったし、ディベーターなら言えなかったでしょう。けど、そこを持ち帰ってずーっと考えてたり、ネットで色々見てくと・・・。(ネットは三人よれば文殊の知恵いや、それ以上か。しかも、「もんじゅ」って・・・苦笑)

この間、ある弁護士の先生の話を聞いてきました。弁護士試験の勉強に必要な事は何ですか?とその方がかつて聞かれた時に言われたのが「判例を沢山覚える事も大事だけれども、良識を磨く事」と言われていたのが僕にはヒットしたのです。まさしく、議論を繰り返して、「もやっ」を時間をかけても「スッキリ」させる作業が良識を磨く事につながるんじゃないでしょうか。

今日はちょっと長くなりましたし、冗長すぎましたね。疲れがピークアウトしてる性でしょうかw  今日も良いディベートを。

PS 
御大が意外なコメントをしてるのを発見して、コレ、使えるのかわかりませんけど。
https://twitter.com/ikedanob/status/81210118519275520