2011年3月5日土曜日
この仕事のありがたいところ。
「先生、私もう働いてるんですよ〜」という。短大まだ2年生じゃなかったっけ?
「使用期間っていうんですけど」あ、そういうことか。
「でも、週休1日だし、通勤はバスと電車で往復3時間ですよ〜」そら大変だ。
と、ここまでは普通の会話。
この仕事をやってると自分がしゃべってるんだけど「下りてくる」時がある。相手に語りかけているんだけど自分にも言い聞かせている。しかも、自分の人生の課題めいたことをさも分かったかのように語っている。いや、なんか誰かに言わされてるというか、言い聞かされているというか。なんと言えば良いか分からない感覚なんだけど・・・以下自分の語り。
「週休1日かぁ。大変やろなぁ。んでもな、通いで3時間は自分がやりたい事、なんかできない?一日は本当に自分がやりたい事に使ったら良いと思う。だけど、もしもう一日休みがあるんなら自分の人生のために使わなあかん。自分がその仕事向いてないって思うんなら、自分がなりたい仕事の勉強したらええやん。自分がしてる仕事がまだ満足にできてないんなら、段取りから見直すんや。職場片付いてるか?上司や先輩になんか自分からできる事、簡単な事で良いから一つ考えてみ。1日往復3時間、6日あったら週18時間、自由に使えるんやろ??日曜日18時間ぶっ通しで遊べる??無理やろ??週休1日っていっても、18時間まるっとやりたいことやれる時間はあるんやから、まずそこを有効に使いなよ。その日の段取り30分で復習して(バス)、30分本読んで(中央線)、30分で自分のモチベーションアップのために曲でも聞いてテンション上げるとか(愛知環状鉄道)どうや??」
こんなこと言ったかな。
あと、佐々さんに教えてもらった金融についても話しましたよ。
なんか、教えるって、「知る→やる→理解する」のプロセスの中ですごく重要な部分だとおもいます。反復作業による定着と同じかそれ以上の効果があると強く感じました。この仕事に就けて自分が一番成長させてもらってる気がします。ありがたい事です。
2011年3月4日金曜日
ゆらがない/囚われない 心の常態=フロー状態を作る
スポーツ指導者とマネージメント
個の育成→フロー状態が作れる個が集まった集団なら良好なチームになるのは当たり前
脳(ライフスキルを身につけ、社会力を上げる)
- 思考
- 態度
- 表情
- 言葉
効)環境、自分の経験、他人に対して働き、それを判断し何をすれば良いのかを考える
罪)環境、自分の経験、他人に対して意味付けをする→ノンフロー状態を生み出す
例)雨が降っている(環境)
→すべき行動:傘をさす
→「今日は朝から嫌だなぁ」と思う「心の揺らぎ」(意味付け)
*「心の揺らぎ」の仕組みを理解して、環境に囚われずに「自分の心は自分で決め」「その状況で出せる最高のパフォーマンス」を出せるようにフロー化を起こせるようにする。
指導者五原則COACH
Comprehension:理解
Outlook:見通し(人は結果よりも変化を見る)
Affection:愛(期待よりも応援)
Character:言葉よりも行動 人の理解は視覚7割聴覚3割
Humore:楽しませる
再現性と自動化
知る→やる→分かち合う
辻 秀一さんの話から
2011年2月28日月曜日
私の英語学習歴 『英語教育ブログ』みんなで書けば怖くない! 「みんなで英語教育」
私の父は昭和5年生まれ、戦前〜戦中を経験し、英語=敵性語という教育で育ちましたから、その息子が「英語の教員になりたい」なんて言い出すとは何か皮肉なものです。ただ、それにはいろいろと訳ありでございまして、それも後で書こうと思っています。
英語とのファーストコンタクトは普通に中学校、義務教育の範囲内で特に好きとか得意になった訳ではないです。むしろ苦手な方かな、という感じでした。中学校で一番覚えているのは実用英検の3級を受験して2次試験、非常に美人で若い日本人女性の試験官(と記憶してますが、美化してるのかもしれんが)に試験していただきました。「あ、日本人だ・・・」とホッとしたのもつかの間、出てくる英語はネイティブライクな(そりゃ当然なんですけど)流暢な英語。普段は日本人の英語の先生(というと語弊あるんですけど・・・)の聞けば心落ち着く英語に慣れ親しんでいましたので、突然の黒船来襲。パニックになってそのまま終了。ちーん、、、それ以来、実用英語検定受けませんでしたね・・・あれはトラウマでした。
そうこうするうちに高校受験です。何がしたい、どうなりたいとか考えずに中学校から始めた剣道に没頭してたため、剣道部がある通学可能な県立高校は隣の恵那高校なので、そこに進路目標を置き、秋頃から受験勉強を始めました。塾も通っていましたが市内の関塾でしたっけね。フランチャイズの塾で塾経営をされている方々や先生方には悪い印象ないんですがあまり充実感がなかったのを覚えています。そうこうしているうちに同級生に紹介されていき始めた桐蔭ゼミナールに移籍。ここで出会ったのが後藤武士先生、今宝島社で文庫本を出版され爆発的ヒットを生み出しておられます。この先生と出会ったのは自分の教員人生の中でも大きかったと思います。
『勉強というな、学問と言え!」(勉める事を強いられてたら、身に付かん!)
なんか、思い出してたら色々思いであるんですけど、高校3年まで通ってましたので、あれもこれもになりますので割愛。ただ、後藤先生が毎授業出てくる「後藤式鉄則」をまとめて出版していたら・・・という思いが強いです。これも後ででてくる寺島メソッドと共通性があり、まとめられてご出版されたら良いのにと強く思ってるのですが原稿を残していないから無理!とか言われそうですね。僕もノートあまり取っておく方ではないので無理ですね。
そうこうするうちに高校に合格。晴れて恵那高校では剣道三昧の高校生活でここでも英語と華々しいおつきあいはできていません。まぁ、「なんとなくこうなんじゃない?」という読解やリスニング、そして「英文法はパズルだよ」という愚弄ぶりでしたね。ここまで書いていておもうんですけど、「英語嫌いだな、俺。」って思いますね。少なくとも当時はそう好きでもないし、いくつかある教科のうちの一つとしか見てませんでしたね。それにALTもいらっしゃいましたけど、話したこともありませんでしたし。国際交流?なんじゃそれ、って感じでした。
ただ、後藤先生@桐蔭ゼミナールの授業と加藤和郎先生(現恵那南高校?)の英文法の授業が楽しかったのはよく覚えています。なんか構造解析とかそういうのは好きでしたね。完全に言葉としてというよりはパズルのように考えていました。
当時、予備校の「夏期講習」に行くのがステイタスというか「勉強してる感」がして、よくわからず代々木ゼミナールにでかけていったものです。初めて見る世界でこれはこれで良い経験になりましたし馬場純平先生の授業を好んで見に行っていました。馬場先生自身、英語の専門家というよりは海洋学の研究者をされてたような覚えがありますし、高校での文法訳読とはちがった「英語を使って仕事をする人」に初めて接した感動を未だに覚えています。そんなこんなで大学進学をどうするか考えなければならない段階になって「教員を目指す」と公言。これは「部活を教えたいから」という理由からでした。じゃ、なぜ英語か?といえば、離任式にだいたい「英語の女性の先生がいたから回転が速い」と思い込んだのと、そこそこセンターで点数もとれてた(という勘違い?)から「じゃ、英語の先生を目指すか」というなんともはや身も蓋も無い理由で大学進学を進めました。
大学は京都産業大学に進学。これも「剣道部がすごそうだから」という意味が分からない理由で決めてしまいました。しかしここで最初の壁にあたります。当時(いまもかもしれないけど)京都産業大学外国語学部の教授や外部からの講師は外国人の方が多く、のっけから「90分オールイングリッシュ」授業。こっちも年間120万払ってもらってて単位がとれなきゃしょうがないので必死に食らいつくしかなかったです。とにかく聞いて予習して、わからなきゃ知ってる単語をとにかく必死につないで・・・そんなスタートでしたが、なんとかついていったか・・・!?という感じでした。
大学時代に教えていただいた先生方で記憶に強く残ってる先生方と言えば・・・
- 多胡先生・・一昨年お亡くなりになられたということで、現外国語学部長 大和先生に教えていただいたのですが、僕が半年留年した時に「そういう時もあるから・・・くじけずにがんばりなさい」と優しく、支えていただいた先生です。声が非常にすばらしく、流暢な語りと美声が今も耳に残っています。
- 石井丈夫先生・・ゼミでお世話になりました。言語習得を学べば教員になってから役に立つんじゃないかという打算的な部分があったのですが、言語というものの奥深さ、そして人間の能力の不思議さに触れられたと思います。僕がもっと大人だったら先生の授業のもう何分の一を理解できていたらと思うと、今から学んでも遅くないのか・・がんばります.
- 川越いつえ先生/トーマス=ロブ先生・・音声学でお世話になりました。厳密には授業はロブ先生だったのですけど友人の谷村君と一緒に川越先生の授業も潜り込んだりしてました。音声学という響きは固いんですが「英語ができるようになりたい!』という生徒のニーズに応えるには英語の調音方法を客観的に教えられる、ということが分かっているか分かっていないかで指導観が変わってくると思います。取ってよかった授業の一つです。
- 横山仁視先生 園田学園女子大学にお勤めで京産大に講師できていただいていたんだと思いますが、横山先生の授業が好きでした。何が良かったのかなぁ。話し方が好きだったのと、かなり親身にお話をしていただいたり相談をきいていただいたりしましたね。未だにLittlewood のCommunicative Language Teachinghttp://amzn.to/fiNI6Jを三年生で購読しましたが、必死についていこうとしました。なんかあの授業楽しかったなぁ。
- 田中毎実先生 英語、ではないんですが「教育学史」の授業を取りました。この時の授業がハーバード大学のサンデル教授ではないですが、非常に楽しかったですね。あるテーマについて授業をされて、それに対して生徒がプリントに意見や質問を書き込む。それに対して授業をしながら次のトピックに進めていく・・・あの授業は僕の中でも残っててフリースタイルに見えてカチッと授業をされる、あの手法をあの後も続けておられるのか分かりませんが、また受けたい授業の一つです。
英語教育ブログみんなで書けば怖くない!企画(http://d.hatena.ne.jp/anfieldroad/20110301/p1)に参加します!
2011年1月31日月曜日
木村達哉先生講演会詳細
東京大昨年度学合格者103人(昨年度実績150人ぐらい受験した中で)。しかし、近年、不景気により東京大学にこだわらずに関西にとどまるケースが増えてきた。ただ、都市の規模で言うと日本で二番目に大きい都市は横浜。
木村先生の授業について
授業中の飲食オッケーにしている。糖分や水分の補給は認めている。授業中にスクワットや腕立て伏せもさせるから。しかしご飯、せんべい、ガム禁止。勉強に必要なものは「集中力」灘高生の自宅での平均学習時間30分。しかしこの中でいかに集中しているかが重要。ただ、学校に放課後残って2時間ぐらいはやっているかもしれない、とのこと。
英語学習について
英語を勉強するにはまずスタート地点の確認が大事。自分が英語の力が現時点でどれぐらいあるのかを把握する必要性がある。スタート地点もゴール時点も人それぞれであっていい。ネイティブレベルを求める人と、1週間後に海外旅行だから急場しのぎでなんとかしたい人では取り組める学習法も変わってくる。しかし共通して言えるのは「単語を覚える」というのはどのレベルでも必須であるということだ。
昨今「TOEIC」が英語の能力を測る物差しとして取り上げられることが多いが、TOEICで英語のレベルははかることが難しい。TOEICがその人の英語力をはかる物差しになるとは限らない。
英語の「土台」とは?
1)単語・・単語を知らなければ英文を読むのは無理。
中学校1年生の英文。What’s that? This is a pen. ペンが何なのかを尋ねるのは非現実的。よほど一見してそれがペンであることが分からないペンが存在すれば別であるが。What’s ~? という構文自体は大事であるが、コンテンツが大事。
生活で使えるシチュエーションを考えるなら例えば、
A:「これ何?」
B:「これは新型の冷蔵庫でね・・・(以下説明)」
この方が話が膨らむ。それどころか、自分の生活や身の回りにある物さえ英語で言えない。英語力のない生徒の問題No.1は単語力のなさ。「身の回りの単語を覚える」「覚えながら使う」これ大事。
2)文法・・何らかの試験にパスするなり、スコアを目的にするなら必須。
3)読書・・一年間に何冊本を読めるか。人の話を聞くとか文章を読むとき、読書量の少ない生徒は途中で力つきる。構文分析で終わる生徒は、第一段落の内容ぐらいまでは覚えているが第2段落ぐらいからないようについては忘れてしまい、構造分析ばかりに気がいってしまい、設問を読んだ後にまた本文を読み直さなければならない。
第一段落を読み終わった時点でその後にどんな話がくるのか推測するはずである。こういうことができるようになるのが「読書量」に左右される。「全体」としてどれだけ読めるか、聞けるか、が読書量。
受信力を高めて発進力を高める
Writing Speaking Output
Reading Listening Input
読めるようにしてから、書かせる。
意味が即時に言えるようにしてから書かせる。
この原則は非常に重要だと思った。また、ライティングに関しては灘高校でも3年生から扱い、1・2年生では徹底的にインプットを与えているようだ。しかし、単語レベルが終わった後でフレーズで丸のまま覚えているので、アウトプット活動につながる可能性が高い。
Input > Output 受信ができるようになって初めて発信できるようになる。
母語に関する常識であるが、外国語学習でも同じ。母語で今まで
言ったことがない文を発信できるのはそれまで膨大な量の
日本語を吸収してきたから。英語でも例文の一部分をかえる英借文で
かなりのことが言えるようになる。
日頃の授業での活動を紹介
灘高校では一週間に100語覚えさせる。
ユメタンの1セクション100語をまずは音声でクイックレスポンスできるようにさせる。授業外で生徒がどれぐらいやってくるかが鍵だが、やればできる。やらないからできないというのがはっきりしている。(カラオケで非常に複雑な曲を生徒たちは簡単に歌えたりする。これは繰り返しの賜物である意外に何者でもない。とするならばクイックレスポンスも繰り返しが大事である)
旧来の単語の覚え方
日本語の単語と英語の単語を1:1で覚えるやり方ではすぐ忘れてしまう。単語を「絵」として認知して覚えているので読めない。単語を書けなくてもまずはその単語を正しく発音できるようにすること、そして日本語で言われたらそれを即座に英語で言える、この訓練が必要。
月曜日
「読める」レベルに持っていかなければその後その生徒がその単語を
単語100個読むのに2分半しかかからない。
2回目:Quick response 読んで、意味の分からないもの・発音ができないものにレを入れる。知っているものは新たに覚えなくてもいい。弱点をつぶす学習法を生徒に身につけさせることは重要。10分で4回できる。覚えていない=やってないだけ。
火曜日
文・フレーズの確認 一つの単語にフレーズが2つずつ付いているので、1ローテ目は上のフレーズを覚えてこさせる。
生徒のHW:→繰り返しCDを聞いて発音して覚えてくる
水曜日
CD 日本語を聞いて、英語で発音させる Quick Response 100words で5分
単語→フレーズ/文のレベルまで。
リスニングで聞き取れない理由
1)知らない単語がある
「あかさかみつけ」が何なのか、地名なのか人名なのか、日本語でさえ「知らなければ聞き間違え」する。語彙力の強化=聞けて、発音できて、意味が分かる単語を増やす。最悪アクセントはあってれば、発音はOK。子音の学習も大事ではあるが、末尾に母音をおかない単語だけ気をつけていくようにする。
2)練習のときにものまねできるか。照れや頑固でまねできない人はのびない。
3)早口:速さというのは相対的なもの。自分のナチュラルスピードが速まれば、遅く聞こえる。また、音のつながり(子音が二つ並んだときのthは消える、など)
ディクテーションで自分の弱点を洗い出し
速音読で回数をこなす。(正しい発音でできるだけ早く)
学習した文章の一部分をかえて違う文章をたくさん練習する。
受信力を高めれば、発進力は自ずと高まる。(基本文を沢山インプットして、未知語や表現を自分で取り入れていけば、発信力が勝手に高まる)その言語を使って誰かとコミュニケートできなければその言語を使う能力は0であるのと同義である。
言語を「使う」
スピーキング力を高めるには「話すこと」
1日1時間英語アワーを作る。つぶやきも英語。分からない表現が出てきたら日本語をメモる→後で英語で調べる。その場面に戻って英語で発音できるように練習をする。
2011年1月30日日曜日
2011年1月19日水曜日
PISA Shockの後・・・
(以下引用) 言葉のキャッチボールは、相手を否定することではないよ。やり取りの中で、問題点を絞り込む。新しい疑問が生まれ、その答えを探す。その繰り返しだ。疑問を持つことは大事だよ。相手の言うことに対して、「それはどういうこと? よく分からないからもう一度説明して」と。「なぜ」「どうして」と100回繰り返せばいい。1、2回で、自己主張を始めてはだめなんだ。(引用終了)
この部分についてはおおむね同意できる。自己主張だけでは議論は展開されない。お互いに論点をまず確認し適切に理解されていなければ、そもそも議論が始まらない。
(以下引用) ヨーロッパでは、伝統的に弁証法などを学ぶので、言葉を扱うのも技術だということがわかっている。日本にも実は、俳句とか短歌という「型」があります。今は少ないでしょうけど、僕は子供の時、正月に家で百人一首をやりました。俳句とか短歌は、五七五、五七五七七の中に言葉をはめ込むでしょう。何か光る言葉を探してこないといけない。季語もいります。そういう言葉は辞書を引いたり、本を読まないと出てこないですよ。良い意味の言葉のゲームで、これは「技術」です。「技」と言ってもいい。(引用終了)
論理的な主張や議論の話でしたよね?なぜ、それが俳句とか短歌になるのでしょうか。論理的な主張のための型をここで主張されるのならば理解できるが、それが詩歌の形式と混同するというのは論理的に破綻しているのではないだろうか。
猪瀬氏が言う労働力の流動化によって、使用される言語にかかわらず(つまり、日本語であろうと英語であろうと、そのほかの言語であろうとも)状況によっては相手に誤解のないようにシンプルかつ性格に自分の考えを表現する努力が必要である。それと同時にその努力を果たした相手の考えも正確に理解しようと努めなければならない。その状況下において、論点を明確にして相手の考えに賛同できれば良いし、そうでなければそうではない旨を表現し、その理由も付け加える。それによって相手も自分の考えを見直すことができる。そういうプロセスを教育現場でより丁寧に指導していく必要があると考える。詩歌の形式に習熟することも日本の文化を理解する上で必要であるし、使いこなせればよりよいことに思えるが英語教員としては上記のようにまずは「シンプルに」表現できるベースを身につけさせることが最優先ではないかと考える。